BL大賞BL
『ああ、あんな企画するんじゃなかった』
最高ラジオの収録を終えた永田は、会社近くのカフェで頭を抱えていた。
企画というのは、パーソナリティの2人を主人公にしたBL作品を募る『最高BL大賞』だ。最近のBL人気にあやかろうと、軽い気持ちで提案した企画だった。ぶっちゃけ、おっさん2人を主人公にBL作品を募ったところで、大した作品は集まらないだろうと高をくくっていた。しかし、そんな永田の予想を裏切り、どんなカップリングでも美味しくいただけてしまう腐女子たちから、力作が送られてきていたのだ。
一本目の作品を読む。弁当を食べている永田のもとにセブ山がやってきて、「俺のチンポしゃぶらへんか?」と言い続ける、シンプルかつシュールな筋書きだ。繰り返される「チンポしゃぶらへんか?」の台詞に、半ば脱力しながらも笑いをこらえて演技をする。ツカミの一本目としては悪くないだろう。
永田に異変が起きたのは、セブ山が次の作品を読み上げ始めたときだ。
「永田くんはいつもみんなの前では素っ気ない。だからせめて二人きりの時は、思う存分君を感じたい」という、セブ山の独白から始まる作品。台詞の内容に合わせるかのように、少し口を尖らせて不満げに自分への思いを吐露するセブ山に目を奪われ、思いがけず束の間呼吸を忘れた。
いやいやあれはさっきまで「チンポしゃぶらへんか?」を連呼してた奴だぞと自身に言い聞かせるが、体の反応は正直で、耳が熱を帯びていくのを止られなかった。
ストーリーは進んでいき、2人の濡れ場へと突入した。
「ん……っやあぁ……」
と台本通りに喘ぎ声を上げるセブ山。いつもとトーンの違う艶っぽい声に、心臓音が存在感を増す。これ以上鼓動が大きくなったら、セブ山に聞こえてしまいそうだ! 必死に冷静を装いながら自分の台詞を読み上げるも、何を言っているのか自分でも分からない。声は震えていないだろうか、変な口調になっていないだろうか。
ほとんど何も覚えていないまま収録が終わった。いつになく疲れた体をソファにぐったりと預ける。一体俺は何を考えていたんだろう。ぼんやりと虚空を見つめていると、視界にセブ山が入ってきた。
「永田さんそんなとこで何してんの? 暇やったら飯行きません?」
いやーさっきの収録おもろかったなーと、無邪気にはしゃぐ姿が憎い。ふんっと鼻を鳴らして睨みつけてみるが、セブ山の黒目がちな瞳に見つめられると、つい目をそらしてしまう。今まで、どうやって話していたのか、もう思い出せない。
「あっ、永田さんもしかして、さっきの収録に影響されて、俺のこと意識してんちゃうー」
そう言ってくしゃりと笑うセブ山。
「バッ……バッカじゃねーの? あんたと変な演技させられたせいでくたびれたんだよ」
動揺から必要以上にキツい口調になってしまうのを、自覚していながらも止めることができなかった。セブ山の表情が少しでも曇るのを見たくなくて、
「ちょっと外出てくる」
と、会社を出て、向かいのカフェに逃げ込んだのだ。
BL小説を一緒に読み上げただけで、何年も一緒に最高ラジオをやってきたセブ山への気持ちが変わってしまうなんて……。嫁の笑顔が頭をよぎると、罪悪感は増した。
そして、ふと思う。セブ山が悪いんじゃないか、と。
そうだ。そうに決まっている。濡れ場の台詞を読み上げる時、あんなにリアルな喘ぎ声を出す必要はあっただろうか? 否。あいつは喘ぎ声で俺を誘ったんだ。
もしかして、あいつがこの展開を望んでいたのではないだろうか。セブ山は元ヒモということもあり、恋愛での駆け引きには長けた男だ。妻子持ちである俺の視線を自分に向けるため、今回の策を思いついたのかもしれない。
そうと分かれば、永田は居ても立ってもいられなかった。飲みかけのコーヒーはそのままに、足早に店を出た。
オフィスに戻ると、他の社員と楽しそうに談笑するセブ山の姿があった。こちらに気付くと
「あれえ? 永田さん、もう戻ってきたん?」
ときょとんとした表情を向ける。あまりにもいつもどおりの反応にカッとなる永田。
「セブ山さん、ちょっとこっち来てもらっていい? 話あるから」
「え〜なになに〜?」
少しも警戒する様子を見せず、セブ山は永田の後に付いて、オフィスの最奥の会議室に入る。適当な椅子を引いて腰掛けようとするセブ山の胸ぐらを、永田が掴み、壁にドンッと押しやる。
「えっ、ちょお、なんなん? やめてやめて!」
驚きながらも抵抗しようとするセブ山に、顔をグッと近づけ
「お前、どこまで計算してたんだよ?」
と詰め寄る。
「計算……? 永田さん何言ってんの?」
一体どこまで白を切るつもりなんだろう。セブ山は何も知らないと主張するかのような困惑顔を崩すつもりはないようだ。
「いつまでそんなおすまし顔してるつもりなんだよ!」
永田はセブ山の顎をグッと掴むと、その唇に深く口付けた。
「んっ!? ふっん……!」
突然のキスに驚いたセブ山の目に、薄く涙が滲む。その目は「永田さん、なんで? なんで?」と問いかけてくる。
そんなセブ山に構うことなく、永田の舌はセブ山の口内を蹂躙する。熱くぬめる舌に上顎を撫で上げられ、自身の舌を絡め取られ、少しずつセブ山の全身から力が抜けていく。
セブ山の抵抗が弱まったことに気付いた永田は重なった唇を開放する。2人の唇の間に唾液の橋が架かった。
「永田さん、なんでこんなこと……」
「なんで? セブ山さんがそう望んだんだろ?」
俺はそんな……と言葉を紡ごうとしたセブ山の口を、永田が今度は少し優しく塞ぐ。
「ぅ……んっ……」
くぐもったセブ山の声は、収録時のものより甘い。
と、永田の手がセブ山の中心部にそっと触れた。永田に触れられて初めて、自身が屹立していることにセブ山は気付く。しかし、ショックよりも強い快感に襲われ、「もしかしたら、永田さんの言うとおり、俺は永田さんとこうなることをどこかで望んでたんかもしれへん……」と思い始めた。
セブ山の抵抗が弱まったのをいいことに、永田の手はベルトを外し、ズボンのチャックを下げ、下着の上からセブ山を優しく愛撫し始めた。
『こいつ、俺に触られてこんな風になってるんだ』
熱くそそり立った男根を擦りあげながら、不思議な愛おしさがこみ上げてくるのを永田は感じた。
「永田さっ……直接……触って…ぇ……」
焦らすような愛撫にしびれを切らしたのか、セブ山が甘い声でねだる。
「直接、どこを触ってほしいの?」
悪戯心から永田が問いかけると
「おっ……おれのチンポ……しゃぶらへんか?」
と、照れ笑いを浮かべながら、先刻の収録の台詞を口にするセブ山。一拍遅れて、永田もブフッと吹き出す。
「このシチュエーションでそれ反則!」
永田がぎゅうっとセブ山を抱きしめ、2人の間で張り詰めていた空気がふっと和らいだ。永田は、唇から首筋、Tシャツをめくり上げて乳首へと、セブ山への愛撫を続ける。
「セブ山さんお腹汚ったな」
「そんなん言うんやったら、もうやめてやあ」
睦言の間を、チュッチュッというキスの音が埋めていく。
「うわっ全然触ってないのに、こんなにヌルヌルになってるよ」
指先に先端から溢れ出た愛液を絡ませながら、言葉責めをしてくる永谷、セブ山は顔を赤らめ、黙ってそっぽを向いた。
恐る恐る、永田がセブ山自身に唇を添える。その柔らかな感触に、セブ山がビクリと体を震わせる。その反応に気を良くした永田は舌先でセブ山をぺろりと舐め上げる。
「……んあっ」
思わず小さく声が漏れる。セブ山は、さらなる刺激を待ち構えていたが、
「ねえ、俺のも気持ちよくしてよ」
と、熱く張りつめた永田自身にその手を添えられた。
自分以外のペニスを触るのは初めてであるため、ぎこちなく永田を扱き上げるセブ山。そのリズムに合わせて、永田の口から熱い吐息が漏れ、切なそうに眉間に皺を寄せる。
「セブ山さん、なんで俺がこの会議室を選んだか知ってる?」
突然の問いかけに、ふるふると首を振るセブ山の眼前に、見覚えのあるローションとコンドームが現れた。
「!?」
「この前、ここで『スタンペ』の撮影やった後、ローションとコンドームを置きっぱなしにしてたの、覚えてたんだよね」
と永田はいたずらっ子のように笑う。
「もーそんなことばっかり覚えてんねんから〜」
「セブ山さん、本当にいいの?」
「ええよ。ここまで来たらもう迷うとこちゃうやろ」
そうだよね、と小さく独り言ちて、永田はコンドームの青い袋をぴりっと破いた。もう後戻りはできない。こんな風に覚悟を決めてゴムを装着するのはいつぶりだろう?
「セブ山さん、足上げて」
「こう?」
セブ山が机に片足を上げると、後孔にヒヤリと冷たいものがあてがわれた。ローションを絡めた永田の指がセブ山の菊門をゆるゆると撫でる。何往復かした後に、つぷりと指が差し込まれた。
「……っあ!」
異物感にセブ山は思わず声を上げる。
「ごめん、痛かった?」
「ううん、大丈夫やから。続けて」
「分かった」
永田の指がセブ山の中でグニグニと動き、本数が1本、2本と増えていく。優しく内壁をこすられる感触は、慣れてくると快感に変わってくる。
「マッキーの極太ペンより全然気持ちいわ」
と茶化すと、馬鹿じゃないのと耳を噛まれた。
「そろそろいいかな」
「うん……」
神聖な儀式を執り行うかのように、永田はそっとセブ山の後孔に自身をあてがう。指で慣らされたそこは、少し反発しながらも永田を飲み込んだ。
「うっ……あ……きっつぅ……」
体内に埋め込まれた質量に、思わずうめき声を上げるセブ山。
「ごめん、ちょっとだけ我慢して」
永田が少し上ずった声で囁く。こんな永田さんの声聞くの初めてかも、なんて考えていると、突然背中に電流が走るような快感に襲われる。背中がゾクゾクとして、目から星が散る。
「んやぁっ!」
自分の上げた甘い嬌声に驚き、セブ山は自分の口を手で覆った。
「ふーん、セブ山さんここが気持ちいいんだ」
ニヤリと笑いながら、永田は同じ箇所を正確に狙って、自身を打ち込んでくる。ズンッと突き上げられる度に、今まで感じたことない快感が全身を走り抜け、口を塞いだ指の隙間から
「ふっ……んぅっ……んやぁっ……」
と、女のような声が溢れる。
「セブ山さん、もう女の子とできなくなっちゃうんじゃない?」
それは困る、と思いながら、永田の深いひと突きでセブ山は果てた。
「んも〜〜これ何やったん? ほんま勘弁してよね〜永田さ〜ん」
事後の気まずさを拭い去ろうと、不自然なくらい明るい口調で永田に話しかけるセブ山。明るいのは口調だけで、その顔は永田の方を向こうとしない。
「何やったんって、全部セブ山さんの計画通りなんでしょ?」
何故か自分が一番傷ついたような表情で、こちらもセブ山の方を向くことなく答える。
「ええおっさん同士やからガタガタ言わへんけど……。こんなんはもうこれっきりにしてや」
「この部屋出たら忘れよう」
会議室の窓を開けると、秋の気配を伴った風が吹き込んできて、2人の汗ばんだ体を冷ました。
そんな騒動を意識的に忘れようと、セブ山は新しいラインスタンプの宣伝に勤しんでいた。
オリジナルのマスコットキャラクター、「ヒモックマ」の新作スタンプだ。
「スタンプに名前がある女の子全員に送ってと……」
少しして、スマホの画面が光り、メッセージの受信を知らせた。メッセージを開いてみると、
『お久しぶりです。新しいスタンプいいですね〜買います! そういえば、この前の最高ラジオBL大賞面白かったです〜 またやってください!』
セブ山は静かに、ヒモックマが嘔吐しているスタンプを返した。